日記とかブログとか雑談とかなんかそんなもの

ブログというか日記というか雑談というか、なんかそんなものです。このブログをご覧いただく老若男女諸兄にお伝えしておく。ここに有益な情報など一切ないと。貴重な時間と資源を無駄使いし、ただただ無益で阿呆なことしか書いていないことをここに表明していく。それでも尚、お付き合いしていただければ喜びます。

今流行りのスフレパンケーキって何?材料は?レシピは?噂や最新情報!

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今流行りのスイーツときいて真っ先に思い浮かぶのはスフレパンケーキではないでしょうか?

 

SNSでも連日投稿されていますし、人気のカフェでも定番メニューになりつつありますね。

 

この記事では、最近人気のスフレパンケーキの材料や、レシピについて公開します!

 

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生年月日:不明

 

生まれ:不明

 

身長:5〜7cm

 

血液型:不明

 

出没地域:都内のおしゃれなカフェ、星乃珈琲

 

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一見、どんな食感かわかりづらく見えるスフレパンケーキですが、その食感はフワフワ!

 

スフレは、卵の卵白を泡立てたメレンゲに材料を混ぜオーブンで焼いて作る、フワフワとした料理のことを指します。

 

だからフワフワな食感なんですね!

 

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やはり気になるのはスフレパンケーキのレシピですよね!

 

作るのが難しそう...なんてイメージもありますが

 

実は結構かんたんに作れちゃうんです!

 

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材料は

・卵

・グラニュー糖

・薄力粉

・ベーキングパウダー

・牛乳

たったこれだけ!

 

1,卵黄と卵白を分けて、卵白にグラニュー糖を加えながら泡立ててメレンゲを作ります。

 

2,残りの材料を混ぜて生地を作ります。

 

3,あとはメレンゲを生地を混ぜます。

 

4,(3)で混ぜた生地をこんもり盛った状態でホットプレートで焼きます。

 

5,膨らんできたら、ひっくり返す。

 

6,しばらく焼いたら出来上がり♪

 

とっても簡単ですね!

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フワフワのスフレパンケーキは単体で食べても美味しですが、やっぱり何かトッピングしたいですよね。

スフレパンケーキにお似合いのパートナーたちをご紹介します。

 

1,生クリーム

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まずは生クリーム!

スフレパンケーキに限らず、スイーツに生クリームのトッピングは鉄板ですよね!

 

 

2,メープルシロップ

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お次はメープルシロップ

 

普通のパンケーキの時にも共演してから親交があったようなので、スフレパンケーキとも相性は抜群です!

 

 

3,あんこ

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スフレパンケーキにあんこ?と意外に思う方もいるかもしれませんが、これが意外とお似合いなんです。スフレパンケーキのフワワフの食感と、あんこの優しい甘さがとてもマッチするのだとか。

 

 

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 今回は今大人気のスフレパンケーキについて書いてみました。

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いかがでしたか?

 

1年後にはすっかり忘れ去られ、メニューから消えている、なんてことがないように頑張って欲しいですね!

 

ちなみに、美味しいスフレパンケーキの作り方についても調べてみたのですが、分かりませんでした!

たくさん焼いていくうちに上手になっていくかもしれませんね!

 

その一言いらなくない?

寒さ厳しいなか皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

ご存知の方もいるかもしれませんが取り敢えず以下の記事を読んでいただきたい。

www.sankei.com

 

お読みいただけただろうか。


簡単にまとめると病院でゲームをしていた男性が注意されたことに腹を立て暴行しちゃったって話なんですが、注目していただきたのはそこではない。


お読みいただいた方の中には気になった方もいらっしゃるかもしれないが、注目いただきたいのは以下の最後の一文である。

 

容疑者の男は水虫の治療のため、病院を訪れていたという。

 

 


この一文の必要性はあるのか?

 

 


事件の本質と全く関係ない。

 



しかも更に見ていただきたいポイントがあります。ここ、テストに出るのでよく覚えておくよーに!

 


問題なのはこの一文をわざわざ段落を変えて書いているという点だ。

 




敢えて目に入りやすい構成にしているとしか思えないではないか!



 

無職の男(34)という表記はまだわかる。一般的にもある。

 



しかし、逮捕された男性に注意をした方の男性に対して

 


アルバイト男性(55) という表記も果たして必要なのか?

 



最後の登場人物である女性は女性(59)なのになぜ男性だけアルバイト男性?

 


ていうか「アルバイト男性」ってなんだ!?

 

 



「アルバイトの男性」で良いではないか


 

 


なんというか、無職34歳の男性がアルバイトの55歳の男性に注意されてキレちゃって逮捕された。しかもこいつ水虫だったんだってねー。ププー

 

 

 

 

みたいなニュアンスにしたいのではなかろうかという記事だなーと



 

 

良いとか悪いとかではなく、余計な情報にフォーカス当てすぎて本質の情報がよくわからないといった印象だった。


 

 


報道にシュールな笑いとかはいらないのでは?思った記事でした。


 

 

 

 






といつつ何故かこの記事を見た後笑いが止まらなかったという事は事実としてここに記載しておく

母のチャーハン

お袋の味というものがある。

 

 

お袋の味の起源には諸説あるが、一説には南太平洋のバラポラキア島の風習として15歳になった子供には母親が自らの肉の一部を削ぎおとし食べさせるという通過儀礼があったらしいのだが、ある時一人の母親が「うちの島の風習がありえないんだけどww」twitterに投稿したことをきっかけに盛大にバズり、人権侵害だと世界中から避難の嵐に巻き込まれた族長が「でも、代々の通過儀礼だし何か良い方法はないでしょうか?」とYahoo知恵袋に投稿したところ「じゃあ、お母さんたちが何か料理を作って子供たちに食べさせたら良いのではないでしょうか?」という投稿がベストアンサーに選ばれ、クラウドファンディングによって50人分の食材・調理器具などの必要費用を募ったところ見事達成し、島の母親たちが料理を振る舞った事だと言われている。

この時に作られた料理が主に肉とジャガイモを使用した料理であり、島の方言で「ニクネム・ジャガピヌン」と呼ばれており、この料理が後に日本へと伝わり「肉じゃが」の語源になったという説がある。(ちなみに「ニクネム」はジャガイモ、「ジャガピヌン」は肉のことらしい)

 

 皆さんはお袋の味と言えば何を思い浮かべるだろうか?

 

 

定番の肉じゃがだろうか?

 

 

それとも味噌汁か?カレーか?

 

 

各々の家庭によってそれぞれの思い出の味があるはずである。

 

 

ちなみに僕は特に思い浮かべるものがない。

 

 

普通に母が料理を作っていてくれたのだが、「あの味が恋しい」とか「あの料理が懐かしい」というものがこれといって思い浮かばない。

 

 

定番と言われる肉じゃがでさえ、父が煮物類に興味がない人だったのでほとんど家庭で出たことがなく、ちゃんと食べた記憶があるのは一人暮らしをして自分で作った時のことである。

 

 

しかし、強いて挙げるとすればひとつだけ思い出深い料理がある。

 

 

母のチャーハンである。

 

 

ちなみに、皆さんチャーハンと言えばどんなものを思い浮かべるだろうか?

中華料理店で食べる料理は別として、各家庭で作られるチャーハンには具材・調理法などで数多くのバリエーションが存在するのではなかろうか。

 

 

我が家は父も含め、全員料理がある程度はできるので料理によって担当が決まっていたりする。中華なら父、パスタなら僕といった具合である。

それでいうとチャーハンは父の担当領域なので、今でもよく作ってくれることがある。

父はどちらかと言えば凝り性で「いかにすればパラパラになるか」などということを探求しているので、ちょっとした中華料理屋くらいのクオリティーのものを作ってくれる。その味は身内ながらなかなかのものだと思う。

 

 

しかし、僕が思い浮かべるのは幼い頃よく母が作ってくれたチャーハンの方である。

 

 

母のチャーハンの作り方はシンプルだ。

具材はご飯、玉ねぎ、人参、ピーマン、豚バラ肉、それと塩コショウ少々のみだ。

まずは野菜をみじん切りにして炒め、次に細かく切った肉を炒め、最後にご飯を投入し塩コショウで味を整えて終了だ。

 

 

本当にシンプルだった。

 

 

時おりタマゴが投入されることもあるのだが、完全に炒り卵の状態にしてからご飯を入れるのでご飯がタマゴでコーティングされることも一切ない。

 

 

このチャーハンがどんな味がするかと言えば、大体想像できると思うのだが、塩コショウ味の肉と野菜と米である。

 

 

ありていにいってしまえば、不味い。

 

 

いや、不味いというか美味しくはないというべきか。

 

 

このチャーハンが小学生くらいの頃はかなりのヘビーローテーショんで食卓に登場していた。例えば、土曜日半日学校に行き帰ってきた後の昼食に。例えば、母が仕事で出かける夜の夕食に。(僕の母は週1回くらい英会話を教える仕事をしていた時期がある)

 

 

 

幼いころは何の疑問もなく食べていたのだが、成長するにつれ味覚も成長し、様々な料理を食べるうちに「あれ?もしかして母のチャーハンは美味しくないんじゃなかろうか?」という疑問がふつふつと湧き上がり、ある時確信に変わった。

 

 

「母のチャーハンは美味しくはない」と

 

 

 

どう考えても美味しくはない。

 

 

 

当たり前である。具材を塩とコショウで炒めただけなのだから。

 

 

 

料理というか調理って感じの品であった。

 

 

 

おそらく、ほんの少しでも醤油なり中華調味料なりを入れていれば全く違う結果になっていたかもしれないが母はそう言ったことを一切しなかった。

 

 

 

もしかしたら隠し味的なものが入っていたかもしれないが、隠れている様子もなかったし、その存在も感知できなかった。(むしろ何かしら隠れていて欲しかった)

 



幼い頃は一人分は食べていたのだが、中学生くらいになると半チャーハンくらいの量しか食べていなかった気がする。

 

 

 

そうして自分でもある程度料理ができるようになると「チャーハンくらい自分で作る」と宣言し、母のチャーハンが登場する機会は激減した。

 

 

 

母はそこまでマメな人ではなかったし、料理がものすごく上手というわけではなくかといってとりわけ下手なわけでもなかったのだが、母のチャーハンだけは本当に美味しくはなかった。

 

 

食べれば食べるほど、「自分は一体何を食べているのだろう?」みたいな気分になってくる味だった。

 

 

 

成人してからのことであるが、ある時ふと「母の作る料理の中でチャーハンだけは本当に美味しくなかった」ととんでもなく親不幸なことを面と向かって母に言ったことがあるのだが、

 

 

それに対し母は「私もそう思ってたー。チャーハンって難しいよね」と笑っておっしゃっていた。(ちなみに妹も僕の発言に同意していた)

 

 

母自身もそう思っていたのか・・・

 

 

ならばもう少し改良の余地はあったのではなかろうか・・・・

 

 

しかし、大人になり、実家も出て、自分で料理をし、外食もするようになり、美味しいものもたくさん食べたはずなのだが今でもふと思いだすのはあの当時「またか。。。」と思っていた母のチャーハンである。

 

 

あの塩とコショウの味しかせず。パラパラというか場合によってはベチャっとしていて、ピーマンの苦味や人参の独特の風味なんかがあって、ほとんど素材の味しか感じられない母のチャーハン。

 

 

仕事や家事で忙しかったり、疲れていても作ってくれた母のチャーハン。

 

 

もう何年も食べていないし、もしかしたらこの先二度と食べることはないかもしれない母のチャーハンが無性に恋しい。

 

 

本日、2/18は我が母の誕生日。

 

 

母、誕生日おめでとう。

 

 

いつもありがとう。

 

 

セブンイレブンの冷凍チャーハンは値段の割にすごく本格的なのでオススメである。 

 

噂のガール・長谷川さん

いつの世も男子の心を掴んで離さないもの

 

 

それは何であろう?

 

 

そう女子である

 

 

赤ちゃんからお年寄りまでほとんどの男子は女子のことしか考えていない(勿論、そういう意味でメンズのことを考えている男子もいるであろうが)

 

 

特に男子高校生はその傾向が顕著である。

 

 

彼らの頭の中の85パーセントは女子のことで占められている。

(残りの8パーセントは自分の髪型のことであり、残りの5パーセントは来週のジャンプのことあり、残りの2パーセントがその他人生についての諸々である)

 

 

先日、駅のエスカレーターを下っていると前にした男子高校生二人の会話が耳に入ってきた。

 

 

どうやら彼らと同じクラスの長谷川さんなる女子について話しているらしい

 

 

そうしてどうやら彼らの内の一人は長谷川さんに好意を寄せているらしい

 

 

そしてもう一人の彼は長谷川さんのことが嫌いらしい

 

 

長谷川さんに好意を寄せている男子を仮にAくん

 

 

長谷川さんを嫌っている彼を仮にBくんとしよう。

 

 

二人の話をまとめると以下のようになる

 

・Aくんは長谷川さんに好意を寄せているらしい(Bくん談)

 

・Bくんは長谷川さんのことが嫌いらしい

 

・長谷川さんはAくんとBくんと同じクラスらしい

 

・長谷川さんは黒髪でロングらしい

 

・長谷川さんは突然歌いだすことがあるらしい

 

・長谷川さんはクラスでよく大きな声で話しているらしい

 

・長谷川さんはテスト勉強をしていなかったらしい(Bくん談)

 

・長谷川さんとBくんは席が近いらしい

 

・Bくん曰く長谷川さんはデブでブスらしい

 

 

乗っていたエレベーターが異様に長かったせいで、長谷川さんについての情報がやたらと耳に入ってきた

 

 

二人の会話が気になってしまった僕は自然を装い二人の近くにずっといたのだが少なくとも二人は長谷川さんについて15分くらいは話していた

 

 

いや、それは正確ではない。

 

 

厳密に言えば、僕が聞いた長谷川さんの情報はほとんどがBくんからもたらされたものだった。長谷川さんが好きだというAくんはBくんの話に対し相槌を打つ程度であった。

 

 

Bくんからもたらされる長谷川さんについての情報量は半端ではい。

 

 

よくも一人の女子についてそこまで語れるかというほど、色々なことについて話していた。

 

 

曰く、長谷川さんのこれこれの仕草が嫌いだの、髪型がおかしいだの、◯◯というアーティストを好きなことが許せないだの、声がうるさすぎるだの、ここが嫌いだあれが嫌いだ、ろくな女ではないと、とにかくありとあらゆる情報を豊富すぎる語彙とマシンガントークをもって語っていた。

 

 

 

 

待て、Bくんよ。いくらなんでも長谷川さんのことを嫌いすぎてはいやしないか?

 

 

というか席が近いとはいえ、普段どれだけ長谷川さんのことを観察しているんだ?

 

 

もはや勉強そっちのけで長谷川さんのことしか見ていないんじゃないかという勢いである

 

 

長谷川さんが好きだというAくんはBくんの話に対し「うん」とか「そんな事はないんじゃないかな」とか言ってるだけである。

 

 

いきなり歌いだして、常にテンションが高いってディ◯ニープリンセスみたいな女の子だな。

 

 

確かにそれはいつも一緒にいると少々疲れるかもしれない。

 

 

というか、Bくん絶対長谷川くんのこと好きではないのか?

 

 

Aくんの為に色々アドバイスしているようだが恋のライバルを減らそうとしているだけではないのか?

 

 

なにその展開、燃える、いや萌える。

 

 

嫌いすぎていて好きとしか思えない。

 

 

その後、その駅がBくんの乗り換えの駅だったらしく二人は別れた。

 

 

好きだとしても嫌いだとしても一人の女子についてあそこまで語れるとは。。。

 

 

女子はいつだった男子のハートを掴んで離さないのだ。

 

 

ちなみに二人の会話をもとに長谷川さんの想像図を書いてみた。

(ブスでデブという部分はBくんの主観であるし、照れ隠しとしか思えなかったのであえて無視した)

 

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恐怖のアスカ嬢

今週のお題「バレンタインデー」

 

2/14である。

 

2/14といえば何の日だろうか

 

そう皆さんご存知のあの日である。

 

それではせーので行きましょう!!

 

 

 

 

ふんどしの日!!


 

そう2/14といえば日本ふんどし協会が制定したふんどしの日である

 

 

2(ふん)14(どし)の語呂合わせより制定されたとの事だが、個人的に今の日本男児にはふんどしスピリットが足りていないと思う。立て日本男児!!

 

 

レッツふんどし!!

 

 

 

そう、2/14といえばバレンタインデー。

 

 

皆さんはバレンタインヒエラルキーをご存知だろうか?

 

 

全国の男子にとってバレンタインデーは死活問題なのである。

 

 

一つでもチョコを貰えたもの

 

 

彼らは市民権を得た勝者である。義理・本命の差異はあれどチョコを貰ったという事実は彼らの精神に安寧をもたらし、安息の日となるのである。

 

 

二つ以上のチョコを貰えたもの

 

 

彼らは貴族である。数ある選択肢の中から思い思いの恋愛模様を描くことも自由自在であり、一般庶民とは一線を画す存在と言える。

 

 

十個以上のチョコを貰えたもの

 

 

彼らは最早雲の上の存在である。我々庶民には想像もつかぬ魅力を持ち、まばたきをすれば東で乙女たちが倒れ、口を開けば西で黄色い歓声が起きると言われている。

 

 

 

では一つとしてチョコを貰えなかったものはどうであるか?

 

 

彼らに市民権はない。

 

 

彼らはカーストの最下層であり、もはや塵芥に等しい存在である。

 

 

女子からは透明人間のごとく扱われ、存在はないに等しい。

 

 

自分自身の存在価値を自問自答し、川に身投げをしたくなるほどの絶望を味わうのだ。

 

 

普段たいして見ない机の中や下駄箱の中をやたらと何度も見たり、特に用事もないのに教室に残っていたりした際のダメージは筆舌に尽くし難いものがある。

 

 

それ位男子にとってバレンタインは重要なのである。

 

 

自分自身で購入したチョコを使用して貰ったかの如く偽装するという悲しすぎる手段も存在するが、自分自身を傷つけるだけなのでオススメはできない

 

 

僕はいうまでもなくヒエラルキーの下層に位置している人間だ

 

 

今までの人生を振り返ってみてもチョコを貰ったという記憶があまりない。

 

 

しかし、そんな僕でも忘れられないバレンタインの思い出が一つある。

 

 

あれは確か2年ほど前の事であった。

 

 

当時勤めていた会社の先輩に誘われてとあるスポーツイベントに参加した

 

 

僕は前世でスポーツの神の怒りを買ったとしか思えないほど、スポーツの才能に愛されておらず、また僕自身もスポーツ自体を愛していないため、ほとんどのスポーツに対して興味がないのだが人間関係を円滑にする為には自分の信念を曲げることも必要だ

 

 

そのスポーツ自体がマイナーなものだった為、参加した結果としてはそこそこ楽しめたのだが(サッカーやバレーなんかだったら断固として参加していない、サーブやドリブルすらまともにできなくて冷ややかな視線を受けるのは高校時代の体育の授業で十分だ)そのイベントで一人に女性と知り合った

 

名前は仮にアスカとしておこう

 

 

 かいつまんで言えば、イベントがバレンタイン近かったこともあり彼女は会場にいる男性に手作りのチョコレートを配っていたのだ。(より具体的に言えばイベントの前日に練習があり、その練習の場で配っていたのだ)

 

 

その配られた一人の中に私もいた

 

 

なにはともあれいただいた事は事実なので、練習が終わったあとお返し用に適当なお菓子を買って翌日のイベント本番時に渡した

 

 

今思えば、これがいけなかった気がするのだが。。。

 

 

イベントが終わり、私を誘ってくれた先輩に促され私とアスカ嬢が連絡先を交換するということになった。具体的に言うとラインのIDを交換した

 

 

その夜とりあえず社交辞令として「お疲れ様でした。またの機会にはよろしくお願いします」と言った内容を送ったのだが

 

 

それに対しアスカ嬢は

 

 

「ありがとうまたよろしく!」

 

 

「仕事は忙しい?」

 

 

「普段の休日は何してるの」

 

 

「私の事はアスカって呼んでいいよー」

 

 

などと返信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

。。。。

 

おかしい、会話のキャッチボールをしていたはずなのにいつの間にかボールが増えている。こちらが返している暇もないではないか。私が投げた1つのボールが瞬時に3つになっている。

 

 

テニスを極めれば、人を吹き飛ばすほどの威力のボールを打てたり、一人でダブルスを可能にしたり、ボールが自ずと自分の元へ引き寄せられたり、ボールが分裂したりするというが彼女のそういった熟練した使い手なのだろうか?

 

 

それ以上に距離の詰め方が尋常ではない。

 

 

縮地法でも使っているとしか思えない距離の詰め方である。瀬田宗次郎なのか?

ほぼゼロ距離になっているではないか?牙突零式でも放つつもりなのか?

 

 

生憎だがこちらには彼女のアグレッシブさに対応するような能力はない。(あまつさえ対応する気がない)

 

 

そもそも「名前で呼んで欲しい」ならばまだ理解できるが「名前で呼んでもいい」というのはどういうことだろう?もし仮に、彼女を名前で呼んだ場合あくまで僕の意思で名前で呼んだということになるではないか。なぜ許可制みたいになっているのだ

 

 

色々と思うところはあったもののそれたに対し僕は

 

 

「そうですねー」と返した。

 

 

何が「そうですねー」なのか僕自身にも全くわからないが正面から向き合うのは危険だと直感的に判断したのだろう。

 

 

それ以降も僕はのらりくらりと曖昧な返事をしてお茶を濁していたのが、彼女からの執拗なラインは留まることがなかった。

 

 

彼女から送られてきた内容を簡単に言えば「二人で食事にでも行かないか?」ということだったのが僕はそれに対し

 

 

仕事仕事で潤いのない日々を送っている毎日なので、貴方のような心遣いのできるご婦人と食事をするというのはなんとも心が躍る話なのだが、かぐや姫の如き無理難題を言ってくる取引先、部下を人とも思わぬスティーブ・ジョブズのごとき上司の元で連日休む暇もなく身体にムチを打っている。とてもではないが今は時間が取れそうにもないので非常に残念である、といった趣旨の内容を簡潔にまとめ

 

 

「ありがとう。でも今は仕事が忙しいので無理です」と送った。

(もちろん、そんな取引先や上司は存在せずどちらかといえば暇な毎日を送っていた)

 

 

そうすると彼女は

アスカ嬢「じゃあ、いつ忙しくなくなる?来週?再来週?」と返してきた

 

 

なんということだ。交渉の要点は期限を区切ることだと聞いたことがあるが、彼女は間違いなくその要点を押さえていた。プロだ、ネゴシエーションーのプロがそこにいた。

 

 

それに対しても僕は「現状は見通しがつかない為、分かり次第連絡する」と言っておいたのだがその後も彼女の連絡は続いていた。

 

 

そして、ある朝のことである。

 

 

余談だが、私は低血圧のせいもあって朝が非常に弱い。

 

 

悪魔に魂を売ってでも朝は出勤直前まで寝ていたいというダメ人間なのである。

 

 

それゆえに朝は寝起きが非常に悪く、眠りも深い。

 

 

朝起きれば、とりあえずは携帯をチャックするのだがラインの着信が2件ほど入っていた。(時間は確か8時前だった)

 

 

前夜に誰かと電話をするようなことはなかったはずなのだが、一体何であろうとアプリを起動させたのだがそこには

 

6:19     アスカ

 

6:24     アスカ

 

との表示があった。

 

 

 

 

 

 

 

その時言いようのない恐怖に襲われたのは至極当然である。

そもそも早朝に電話をするということ自体がありえない。彼女はいったいなぜ僕が起きていると思ったのだろうか?いや、そもそも電話をして何を話すつもりだったのか?

 

恐ろしいのはその着信時間である。

 

 

1回目はまだいい、万が一だが誤操作の可能性もある。

 

 

問題は2回目だ。もしこれが1回目の着信から1分や2分であれば最初の誤操作をカバーするために更にミスを重ねたという可能性もある。

 

 

しかし、1回目の着信から5分後というのは明確な意思を持ってかけ直しているとしか思

えない。

 

 

一気に目が覚めてしまった。

 

 

また電話がかかってくるのではないかという恐怖がぬぐいきれなかった。

 

 

更に恐ろしいのは、その電話に一切触れることがなくそれ以降にもアスカ嬢から普通に連絡が来たことだ。

 

 

恐ろしい

 

 

怖ろしい

 

 

おそろしい

 

 

それからは社交辞令だと返していた返信も一切やめた。

 

 

その後もちょくちょく連絡は来ていたのだが、ある時から彼女のIDが削除されてしまい

一切連絡が入ることはなくなった。

 

 

今でもふと思うことがある、あの時もしアスカ嬢からの電話に出ていればどうなっていたのだろうか、と。

 

 

もしかすると全く新しい世界が開けていたのかもしれない。

 

 

いや、そんな世界は開かなくても良い。

 

 

帰りのコンビニで買った明治の板チョコが美味である。

吉野家のボパさん

先日のことである。

 

湾岸地域であった某イベントに参加し、終了したのが午前4時半であった。

 

 

前日に夕食は食べていたものの、一晩中起きていれば明け方には無性に腹が減るものである。

 

 

カロリーが欲しい。

 

 

身体を動かす為の熱量を欲しているのだ。

 

 

始発までは約1時間ほど。

 

 

コンビニエンスストアはあるものの、もっと温かいものが食べたい。

 

 

何か、何かないのかととぼとぼと歩いていくうちにオレンジ色に光り輝く場所があった。

 

 

そう、みなさまご存知吉野家である。

 

 

早い、安い、うまい、でお馴染みのかの吉野家である。

 

 

牛丼、いいじゃないか。

 

 

そう俺の腹は牛丼を欲していたのだ。

 

明け方前の底冷えする寒さで身体は悲鳴を上げている。

 

 

一刻も早く、店内に入らねば。

 

公然と輝く吉野家は、さながら砂漠の中に現れたオアシス、

真夜中のドライブウェイ、

エデンの園である。

 

自動ドアをくぐると深夜ながらに店内にはまばらながらも数人の客がいた。

 

 

しかし、店員の数は2人のみ。

 

どちらも外国人の方であった。

 

バイトリーダーらしき中国系らしき女性が一人(仮にメイさんとしておく)

 

 

最近バイトを始めたらしき東南アジア系の男性が一人(仮にボパさんとしておく)

 

 

深夜のファーストフード店に外国人労働者方々のみ。

 

 

昨今の若者は賃金の安い飲食店で働きたがらぬというが、私は今その縮図を目の当たりにしているのかもしれない。

 

 

いや、そんなことよりも僕は腹が減っているのだ。

 

メニューを吟味しながら、牛丼の並とお新香セットを注文する。(味噌汁はちょっとリッチにプラス100円で豚汁へと変更した)

 

 

いつもなら、わずかな待ち時間も空腹と徹夜明けの極限状態においては永遠のごとく感じられる。

 

早く、

 

 

早く、

 

 

 

早く、牛丼よ来い。

 

 

待ち時間の中、ボパさん(仮)が来店直後にさっと差し出してくれたお茶をすすりながらメイさん(仮)とボパさん(仮)の様子を何とはなしに見ていた。

 

 

メイさん「用意終わタ?。注文ハ?」

 

 

ボパさん「オワリましター」

 

 

メイさん「終わっタんなら自分で仕事見つけて動かないとダメヨ」

 

 

ボパさん「ワカリマしたー」

 

 

どうやら入って間もないボパさんをメイさんから軽くお叱りを受けているようだ。

 

 

若干訛りが残るメイさんがバリバリ片言のボパさんを叱っている。

 

 

この構図も現代の日本の労働社会の縮図なのかもしれないなどと考えることもなしにボーっと待っていた。

 

 

そして、待ちに待った牛丼が運ばれてきた。

 

 

紅しょうがと七味とうがらしをたっぷりと載せ口へと運ぶ。

 

 

旨い。

 

 

ただ、旨い。

 

 

カロリーが

 

 

カロリーが染み渡る。

 

 

ああ、僕が食べたかったのはこういうものなのだ。

 

 

いいじゃないか牛丼いいじゃないか。

 

 

などと一人で「孤独のグルメ」ごっこをしながら食事をすすめた。

 

 

 

ふと気がつけば、湯呑みが空になっていた。

 

 

しまった、待ち時間にもお茶をすすり、食事中にも喉を潤していた為、残りはほとんど空である。

 

 

 

おかわりが欲しい。

 

 

しかし、おそらく私と同じイベント終わりで流れてきたであろう客たちで店内はわずかながら賑わっていた。

 

 

メイさんもボパさんも忙しく動き回っている。

 

 

このような時にお茶を頼むのは気がひける。

 

 

 

頃合いを見計らって声をかけよう。

 

 

 

その時である、ボパさんがこちらを見ている。

 

 

 

そして驚くべきことに、彼は新しい湯呑みに熱々のお茶を入れ

 

 

 

僕の元に持ってきてくれたではないか。

 

 

 

なんということだ

 

 

 

私はまだ一言も発していない。

 

 

 

お茶が欲しい、とも

 

 

おかわりをください、とも

 

 

ボパさんもまだ他の仕事が残っていることは明白である

 

 

 

にも関わらず、彼は私の湯呑みが空なことに気づき

 

 

おかわりを持ってきてくれたのだ。

 

 

神だ。気遣いの神がそこにいた。

 

 

お・も・て・な・し」の精神がそこにはあった

 

 

改めて言おう、私はまだ何のサインも発していない

 

 

 

にも関わらずボパさんは私の深層心理を汲み取りお茶を持ってきてくれたのだ

 

 

 

何という洞察力だ。驚嘆するほかない

 

 

 

さらに驚くべきは、新しい湯呑みで持ってきたという点だ。

 

 

 

湯呑みを変える。

 

 

些細なことかもしれないが、こんなことが必ず実践できているのは神楽坂か銀座あたりの高級料亭だけではないのか。

 

 

 

それが、あの吉野家にて実践されている。

 

 

 

素晴らしい。素晴らしいという以外の言葉が見つからない。

 

 

ボパさんは一見してはわからない私のサインを忙しいにも関わらず読み取り、あまつさえ一流の仲居さんクラスのホスピタリティも習得しているのだ。

 

 

 

マスター・オブ・ホスピタリティ

 

 

 

彼のことを表すのにこれ以上の言葉があるだろう。

 

 

 

メイさんの教育の賜物か、吉野家の教育プログラムの成果なのかは、ボパさん自身のポテンシャルによるものかは定かではないが

 

 

賞賛に値する光景がそこには広がっていた。

 

 

 

もはや、お茶もただのお茶とは思えない。

 

 

千利休が淹れてくれたかの如き崇高な味わいがするではないか。

 

 

 

甘露、甘露である。

 

 

吉野家に来たとは思えぬほどの充実感を味わいながら、お茶をすすり飲み干した。

 

 

この気分のまま帰ろう。

 

 

きっと充実した気分のままベットにもぐりこめる事であろう。

 

 

会計を済まそう。

 

 

そう思ったが、レジではメイさんが対応していた。

 

 

仕方がない、しばし待とう。

 

 

すでにお茶の飲み干したので、手持ち無沙汰ではあるが、この充実した気持ちならものの数分程度なんでもない。

 

 

メイさん、貴女の部下は気遣いのできる最高のスタッフです。

 

 

そうするとおもむろに、ボパさんが僕の元に近づいてきた。

 

 

なんであろう?

 

 

そうすると彼は私の元にそっと

 

 

新しい湯呑みでお茶を持ってきた

 

 

ふと彼の笑顔を見ると満面の笑顔である

 

 

ボパさん「ドウぞ」

 

 

なんという事だ。

 

 

彼は私が手持ち無沙汰と見るや、

 

 

お客様を待たせてはいけない、という使命感から

 

 

またもやお茶を持ってきてくれたのだ。

 

 

メイさんに言われた通り彼は自分で自分の仕事を見つめ動いていた。 

 

 

なんということだ。

 

 

ボパさんの気遣いのレベルは私の想像の遥か上をいっていた。

 

 

当たり前のことだが私の食器は空である。

 

 

 

米粒一つ残していない。

 

 

 

食事を終わったことは明白である。

 

 

 

それにも関わらず、彼はお茶を持ってきた。

 

 

 

しかも、新しい湯呑みでだ。

 

 

 

2個目までは分かる、しかし3個目である。

 

 

 

僕の前には空の食器一式と空の湯呑みが2つ、そして新しい湯呑みが1個ある

 

 

 

なんという贅沢さ

 

 

 

僕のような凡人ではいかに食器を少なくするか、という事しか考えられない。

 

 

 

しかし、ボパさんにとっては違うのだ

 

 

 

そんなものは埒外なのだ。

 

 

 

いかにすればお客様に最大の満足を与えられるのか。

 

 

 

その事しか考えていないのだろう。

 

 

 

スパジーバ、マーベラス、グッジョブ。

 

 

 

彼の仕事はプロフェッショナルとしか言いようがない。

 

 

 

素晴らしい、素晴らしすぎる。

 

 

 

ありがとうボパさん!

 

 

 

ありがとうラックフィールドハウス!

 

 

 

まさか牛丼を食べに来てこんな感動に出会えるとは思っていなかった。

 

 

 

ボパさんのサービス能力は常人のそれを超えている。

 

 

 

天上人だ。サービスの天上人がそこにいた。

 

 

 

そうして私はそっと新しい湯呑みに手を伸ばし、一口すすった。

 

 

 

美味い、このお茶は生命の水だ。アクア・ウイタエだ。

 

 

 

なんという美味

 

 

なんという幸せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもね、ボパさん

 

 

 

僕、もうお腹いっぱいです。

 

 

もうお腹が牛丼と2杯のお茶でタポタポです。

 

 

お茶を差し出されたことで逆に帰るタイミングを逸してしまった。。。

 

 

 

しかし、ボパさんの心遣いを無駄にするわけにはいかぬ

 

 

 

なんとか必死の思い出3杯目のお茶を飲み干し席をたった。

 

 

 

満面の笑顔で送り出してくれるボパさん。

 

 

ボパさん「マタのご来店をお待ちシテおりマース」

 

 

ありがとうボパさん

 

 

充実した時間をありがとう。

 

 

そうして私は始発に乗るべく駅を目指した。 

 

 

 

ブログ始めました

ブログ始めました。

 

思えば、3年前くらいにやっていたブログのパスワードがセキュリティの関係でパスワードが変更され、そのパスワードを忘れてブログにアクセスできなくなってから再開しようと思いつつ全くやっていなかった。

 

そう今年こそはブログをやるのだ。今年の正月マウントフジからの初日の出を眺めながら僕は一人胸に誓ったのだ!(ちなみに富士山に登ったこともないし、初日の出を見た記憶もここ数年トンとない)

 

自分の中に溢れる、このパッションをアウトプットすることで有益なベネフィットを自らにインポートし、インサイトをキュレーションしながらコミットしていくのだ。

 

言いたいことも言えないこんなPOISONな世の中に一石を投じるのだ。

 

 

 

 

なんだこいつ?と思った方だ丈夫です。

 

 

 

僕も思っています。

 

 

 

深夜2時にブログなど始めるものではないです。。。。

 

 

 

取り敢えず、楽しんでやっていこうと思いますのでもしよろしければお付き合いください。